18
May
Silver-gilt cup in the form of a partridge, by Jorg Ruel, Nuremberg, Germany, about 1600.
Unreal. I’d like to know what they were drinking.
Esquire Theme by Matthew Buchanan
Social icons by Tim van Damme
18
May
Silver-gilt cup in the form of a partridge, by Jorg Ruel, Nuremberg, Germany, about 1600.
Unreal. I’d like to know what they were drinking.
17
May
刺激なんて少し歩けば、人と話せば、パソコンを開けば簡単に得られるとってもいい時代です
あとは刺激として捉えること、まとめる力、生み出す勇気があればもっと楽しくなる筈。
02
May
damn…. i wish i had a time/money to go to Chicago… I think i could make it though
Marcus Mixx - Special Creme (Chicago Club Mixx) (by hurfyd)
20
Apr
I think that’s would be a good reason/source to consider to use some typical Japanese pattern if u plan to launch new lingerie products from Japan ♡♡♡
28
Feb
「あなたはもう参加者です」戦略
今月号のハーバード・ビジネス・レビューに「ロイヤルティ・プログラムを見直す法」という論文が掲載されているのですが、その中で興味深い実験が解説されていました。
実験はこんな感じ。ガソリンスタンドで「スタンプが8個貯まれば1回無料で洗車」というカード(カード1)と、「スタンプが10個貯まれば1回無料で洗車」というカード(カード2)の2種類を用意します。これだけだと後者のカードの方が不利ですが、カード2を渡す時には2個のスタンプを無料で押すというプロモーションを行います。つまり両者の間には実質的な差が無いのですが、カード1は「まだスタンプ集めが始まっていない状態」、カード2は「既にスタンプ集めが始まっている状態」になっているわけです。
この2種類のカードを実際に使ってもらうとどうなるか?すべてのスタンプを集めて無料洗車を請求した割合を比較すると、カード1では全顧客の19%に過ぎなかったのに対し、カード2では34%に上ったそうです。また特典交換までの平均日数(スタンプが全て貯まるまでの日数)を比較した場合も、カード2ではカード1よりも2.9日短い、という結果になったのだとか。「もうスタンプ集めに参加している」という心理状態にすることで、「最後まで貯めなきゃ」という気持ちが引き起こされる、と説明できるでしょうか。
このように「初めて使うモノ/サービスであるにも関わらず、既に参加しているという意識を芽生えさせる」という作戦=「あなたはもう参加者です戦略(仮称)」を、ポイントカード以外の分野に応用できないでしょうか?
例えばRSSリーダー。gooなどでは既に実践されていますが、WEBで登録もしくはインストールすると最初からいくつかのフィードが登録されています。こうしておくことで、ユーザーはすぐに使い始めることが可能になり、「僕はもうこれを使ってるんだ」という気分にさせることができるかもしれません。少なくとも、まったくカラのリーダーよりは「もう1度使ってみよう」という気分になるのではないでしょうか。
またSNSにも応用可能かもしれません。登録するとまっさらな状態でスタートするのではなく、あらかじめ運営会社の数名が「友達」として登録されているとか、ランダムに選ばれたコミュニティ数個に所属しているとか・・・。なんらかの「関係」を最初から作っておけば、もう一度アクセスしたいというモチベーションを生むことができるかもしれません。
いずれにしても、こうした「最初の一歩」を無理矢理でも踏み出させてあげることが、意外に大きな効果を生むのではないでしょうか。またポイントカードだけでなく、各種ロイヤリティ・プログラムを研究してみることで「ユーザー登録しただけで放置されてしまう」という状況を防ぐヒントが得られるかもしれませんね。
POLAR BEAR BLOG: 「あなたはもう参加者です」戦略 (via retlet) (via gkojax) (via kagurazakaundergroundresistance, chihilog)
2008-11-20
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25
Feb
私の知り合いで、家の事は全部お手伝いさんに任せている人がいます。生家がお金持ちだからです。住んでいるマンションもきれいなところです。
仕事をする必要も無いので、やりたい事をやりたい時にやっています。時々ベンチャーに投資したりしているみたいですが、そこは詳しくはしりません。まあ、少なくともお金に関する事は心配してはいません。稀に他人から解放されている人もいますが、多くの人は他人と自分の境遇を見比べます。先の様な話を聞く時に、平静を装いながら私たちは心の底になんだかずるいという嫉妬の様なものと、それから自分との境遇を見比べて不公平感が湧いてくる時があります。
そして、そらにその中から、それは結局他人の話だからとすぐ流れて行く人と、自分の中に何か流せないものが溜まっていくタイプにわかれていき、この後者のタイプの中に、さらに絡み始める人がいます。
こういうタイプの人はだいたい正義を持ち出します。努力しないで成功するなんて良くない事だ。裕福ならもっと世の中に還元すべきだ。しかし、彼らにそれを強制する権利は、国にももちろん個人にも、彼らの親ですらできません。
私たちは時に所謂成功者を見て『みんな必ず努力している』と言いますが、その実のところは『成功者には努力していてほしい』の裏返しである事が真相でしょう。成功にはそれに見合うだけの犠牲が無いと人は不公平に思ってしまうのです。
アスリートも似た様な環境にいます。苦しいあの時を乗り越えたから今がありますというと受け入れられるのですが、努力してない、もしくはしてない様に見える人は世の中から反感を買います。大体嫌われるアスリートはこのタイプです。そして、そのアスリートがぽろっと弱音を吐くと、あいつも苦しかったんだなあと、急に人は共感し始めたりするわけです。
努力があるから成果がある。努力していなくて成功するなんてありえないし、あってはならない事だと私たちは習ってきました。
深い世界の成功の定義ではそうなのでしょうけど、残念ながら現世の『いわゆる成功』ではそうではありません。努力をせずにオリンピアンになった人もいますし、生まれながらに庭から石油が出てた人もいます。楽しいだけの人生も、早くして人生を終えるべくして運命づけられた人生もあります。犠牲と成果は釣り合わないのです。あるべき世界と現実の世界。この狭間で私たちは言いようの無い不公平感に襲われます。頑張ってもどうにもならない事があり、生まれながらに決まっている事があり、自分よりもずっといい思いをして生きているように見える人が世の中にはいるわけです。
不公平だ。その感情がだんだんと、何か自分にとって許せないものを排除したい様な、社会の秩序の為に取り除きたい様な、一見正義とも思える感情にすり替わっていきます。しかし、姿形は変わってもその根源は嫉妬です。ですが、そこに囚われた人にはそれが嫉妬であるのかどうかすらもはやわからなくなってしまっていきます。
世の中が間違えているんではなくて、犠牲と成果がバランスする、全てがフェアネスだという認識自体を疑わなければなりません。理不尽で当然、が世の常でしょう。情け容赦ない世の中を、それでもなんとかフェアネスに近づけようとしている、それが人間社会なのではないでしょうか。
そして、一生懸命正義の様なものをぶつけようと相手に対して目が離せなくなっているその時間は、あなたの限られた人生の貴重な時間なのです。もちろん本当に正義に燃える時もあるでしょう。しかし、正義というのは空間と時間を限ってこそ存在できるものです。人生を賭けるべき正義は内省に内省を尽くさないと見つけられません。
あれは許せない、正しくないと思ったとき、本当にそれは違う感情から来てやしないか。また、それは自分の貴重な人生の時間を費やすに値するか。そういう問いが一度ぐらいあってもいいかもしれません。人生は人に気を取られていられるほど長くはありませんから。